人生を変える対話 〜あなたの心を安心に導く質疑応答〜

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<前に進むためのワークテキスト>


「内なる声」よりのメッセージをまとめたテキストを読んで、ワークを開始!

まずは、「内なる声」よりのメッセージをまとめたテキストを読んで、
最後のページにある、ワークをおこなってみましょう。

ワークをおこない、あなたの考えを明確に理解できたなら、それでOK!

もしも「現在の考え」というものを、自分の中で整理できないと感じるならば、あなたは、
「現在のあなたの考え」のどこかにある、間違いや矛盾に気づく必要があるのです。


◆◇◆ 目 次 ◆◇◆

あなたが「決定」するということ
これから理解できること
愛という基準でものをみる
「新たなる知識」を得ようとする
「考えてなかったこと」を考える
「いまできること」を考える
この愛を見つめながら歩く
「あなたにしかできないこと」を考える
「目的」とする「気持ち」を得る

ワークをおこなってみましょう






■あなたが「決定」するということ


あなたのことを理解する、ということを、はじめて欲しい。

あなたについて、あなたが理解するものとは、何だろう。
あなたが、「自分」というものの、何を理解するのだと思って、そこにいる?

何をもって、「自分」を確立できるのか、わかっていない「自分」というものを知って欲しい。
つまり、「自分」のことを理解するまでもなく、あなたがそこに生きているという事実。
その「わからない」という状況を、不思議と「わからない」まま、進むという事実。
いまも昔も、わからずにいた多くのことを、そこにもち続けるという事実。

あなたのことを理解するということが、そのように、「わからない」ところにはじまり、そして「わからない」まま進むと判断できるはず。
そうしながら、あなたはつねに「理解したい」とする欲求をもつ。
「本当の自分」「本来の姿」「自分の行く道」「行けるはずのどこか」「魂の求めるもの」「自分を促す者」そして、あなたがいつの日にか、「幸せになれる道」を求めて。

あなたには、「課題」となることを、次々と見出すことが起こる。つまり、その「出来事」への対処に精一杯となるため、あなたの幸せとよろこびへの道を見失う。
そのことを考えてみる時、どこにその「課題」をこなす「意味」をもつのかという理由を探す。
「そこにいることの意味」を、理解したい、とあなたは思う。

しかし、「あるはずの何か」を求めても、見つからない。どうすれば、いいのであるのか、わからない。あなたの、「本当の道に出逢いたい」とあなたが思うたび、あなたは、混乱する。
なぜであろう?

考え、行動をすることにより、あなたの「そこにいる意味」を見出すのが、あなただから。

あなたが、「そこにいる意味」というものを、「どこかに存在する」としないのであれば、あなたは理解しはじめる。
それを「決定」するのが、「そこにいる意味」ではないのかと。

あなたの「決定」を、満足させることを、考えて生きて欲しい。
あなたが生きていく中、あなたのことをゆっくり理解するような考えをもち、あなたの「生き方」を決めようとして欲しい。

「なぜそこにいるのか」を考えようとしても混乱するが、「そこにいる者」として、どうするのか、を考えはじめれば、見えてくるものが必ずある。

あなた自身の考えをもって、あなたが人生を創っていくことの、よろこびを知って欲しい。
あなた自身を創っていくにあたり、うまくいかずに困っている時、その「考え」を修正することによって、その「現実」への対応の仕方を変化させて欲しいと考えている。


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■これから理解できること


あなた方にとって、理解できない、すべてのことをもって生きている理由について、こう話せる。

「これから、理解できること」とは、あなたが最も「知りたい」と感じて生まれてきたことであり、それを「知りたいと感じて生まれたのだ」と、知っておく必要などないのだということ。
なぜなら、そうであるのだから、そこに導くことが起こり、あなたが「理解したい」という欲求を感じ、多くのことを学ぶ必要をもって、理解することの素晴しさを得ようとする。

ともかくは、「自分」というものを理解する時、何をもって進むのかわからなくとも、自然に導くものを感じるために、現在にあるものの「課題」をもつことを、理解するのをすすめている。
「わからない」ことを「わかりたい」と考えてもがくのをやめ、少しなりともわかりそうなところ、つまり、「現在の何を、どのように変化させるのを望むのか」を明らかにして欲しい。

それを明らかにするのを難しいとして、そこを「わからない」と、判断しないように考えを改めて欲しい。
唯一、理解できる道を、断ってはならない。

まず、何を望むのかさえ「わからない」のが「自分」であるのなら、そこだけを見つめていけるのを自覚とし、何をどうすることを望むのかを、しっかりと考えていく。

あなたが考えることにおいて、「いつも考えていること」というのを見出してほしい。
そこには重要なヒントがある。
いつも悩んでいること、いつも困っていること、「これさえなければ」と思うこと。
そのことを考えてみると、あなたにとっての「嫌なこと」が何であるのかはわかるはず。

しかし、それを「何を望んでいるのか」ということに置き換える、という作業をすることを必要としていて、あなたの「嫌なことをなくすのを望んでいるのだ」と考えるには、早計なところをもっている。

つまり、「望んでいること」は確かにその反対側に位置しているけれど、それを「なくそうとする」ことを目的とするのは、的外れということになる。

なぜなら、あなたができることは、必ず、「なくす」ことでなく、「進もうとする」ことしかないからである。

あなたにとって、「嫌なことをなくそう」とすることの重要性をもっているのが大半である限り、それをなくして進むことは難しい。

何をもってその「障害」について、不要なものとするのだろう。
あなたがどうしたいがために、その「障害」を乗り越えたいとするのだろう。

あなたの望みを明らかにするために、そのような自問を繰り返してみて欲しい。


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■愛という基準でものをみる


「困らない方法」を、理解しようとしても、理解できないのが、あなた方であるのがわかると思う。

それがなぜかというと、「困ったこと」が、「あなたをいじめるように困らせる」と考えているところが、すでに間違っていたのだとわかってないために、その間違った考えのまま解決法を求めたとして、解決が正解になるはずもない。

しかし、この「困ったこと」が、「愛」であるのだと考えてみるや、そこには真実の扉が開くがごとく、解決法というものを指示されるような導きを得る。
なぜそのようになるのかといえば、あなたの理解を進めたから。

あなたの理解が進まなければ、その扉が閉まったままの状態になり、あなたが「愛」の方を向かないまま、「その扉を見つけられない」というような状況をいかにして脱するべきか、とさまよい続け、ついにあなたは、「出る場所を見つけられない」という感覚に陥る。
そして、「愛」など感じられようはずもなく、あなたの理解は崩壊し続け、あなたには「愛を与えられることがないのだ」と理解するので、ますます扉が離れていく。

しかし、「愛」は隠れているのでない。あなたが見るのなら、現れるのだ。
「答え」を探すような感覚になったまま、「愛」を見つけてやろうとして、あなたがもがく必要もない。

どうすれば、「愛」の方へと向けるだろう。
その「考え」を変えたいのであるのなら、こう考えてみること。

「もしも、私が愛ではないと捉えていること、そのものが愛であるとするのなら、私はどのように、考えを変化させられるであろう」と。
あなたが「困ったこと」を感じているとき、その最中にふと「この困ったことが、私に教えようとしているものを見つけるとするのなら、どんなことだろう」と考えてみよう。

そこから、「愛」とはどういう理解を得ることを言うのか、ということについて、考える基盤が出来上がるのであり、「愛」を与えられないと嘆くばかりのあなたには、その「愛」は決して見えない。

つまり、「愛」という基準でものをみる方法を、知らなさ過ぎた自分の反映そのものが「現実」となってそこにあるものを見ているのが、「そもそもの愛」と知るべき。
そこまで「愛」を見ずにいた自分が、「愛」に気づくまで報われない、その「現実」そのものさえ、「愛」を語るものと見るべき。

あなたがいかに「愛を見てない」か、それのみを「現実」として見回せば、「愛」というものが見えない原因そのものを理解して、「愛の方向」を、新たな自分の考えとともに、探して歩く必要を感じていくと知る。


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■「新たなる知識」を得ようとする


さて、あなたに大なり小なり「困っていること」があるとして、そこをどのように「愛」をもって眺め、あなたの「望み」へと変換していくかということについて語っていく。

あなたが、自分の「望み」を明らかにすることをはじめるとき、現在の状況と、まったく離れたところにある「望み」を考え、そこに近づきたいのであるのに、「困ったこと」ばかりが増えている、というような考えをもってしまっては、物事はかえって複雑になっていく。

先に述べたように、あなたが「理解できること」とは、「いま現在の、どこをどのようにしたいのか」ということであり、現在のすべてをうまくして、新たな人生を求めるような意味ではない。
「現在の、どこを、どのように変化させていくか」ということの積み重ねが、あなたをまったく新しい人生へと連れていくのであり、「とにかくこの状況をなくすべく動く」と考えるのであれば、どこまでもあなたには「困ったこと」がつきまとう、という結果を生む。
なぜならば、「困ったこと」は、あなたが「望み」をもって、それを解決するのを、待っているからである。

まず、「愛」を知ることなしにその「困ったこと」を放って、「望む」というイメージを湧かせることは、できないであろう。
あなたが見てるのが「愛」ではないと気づくのなら、「愛」に向かえばいいのだと考え、そして、あなたの「望み」を叶えたいと考えてみればいい。

この二つが連動しているのかというと、そうでないところがある。
つまり、あなたの「困ったこと」をなくすのが、「望み」と考えるのではない。
あなたが困っているのは、そこに「愛」を見ていないから。
そして、あなたが「望む」のを必要とする理由は、「愛」を見るためでなく、
「あなたらしく生きる」ことをしていきたいと考えるため。

それを考えないまま、「困ったこと」を相手に翻弄している自分がいる。
では、この「困ったこと」をどう捉えることにより、あなたの「望み」が明らかとなり、進んでいける体勢に入れるのだろう。

いま、目の前には「困っていること」を何とかしようとする自分がいる。
だが、この自分に対して、「こうすればいいよ」という言葉をみつけてあげられない。
なぜならば、そこにいる自分の考えを、上回る「思考」をもって新たな決意を促すことを、難しいとしているため。「そこにいる自分」と、「これから、その問題をものともせず、解決する自分」との差を生むものが、そこにない。

それは、まったくもって当然と考え、「新たなる知識」を得ようとする姿勢を必要と考え、「どうすべきか」という考えを留め、その場で地団駄を踏む必要をもってないということを知ろう。
「新たなる知識」は、どこにあるのか。あなたの頭の中にはない。

すなわち、どこからそれを手に入れるのか、あなたが、そうできそうなことを考える、という結論を出せば進む。


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■「考えてなかったこと」を考える


あなた方の考えの中、「困ったこと」で一杯の頭をスムーズに働かせるために、ある方法を提案する。

スムーズに、「困ったこと」を「なくそう」としても、なくならない。
そして、あなた方が理解できることも、いますぐにはできない。
「愛」を見ようにも、そのことに気をとられる。
ならば、一旦それを自由に考え、あなたの執着を放す必要をもっている。

どうするのがいいのかというと、あなた方の「困ったことを、なくすこと」を最終的な「目標」として、「現在、できることをおこなう」というもの。

しかし、ここで少し考えるべきこととは、「困ったこと」を、放っておいてそうするのでも、まったく違ったことをおこなうのでもなく、その理解を得ながら、あなたがいずれ困らなくなるときに、役立つであろう準備をはじめるつもりで、取りかかる。
そして、あなたのことを大切に扱いながら、「いま、困ってなければ、何を考えるか」と考える。
「いま、困ってないとするのなら、何をはじめたいのか」と考える。

なぜ、そうするのが必要か?
あなたが「困っていること」が、「愛」とするならば、そこに必ず答えがあるから。

何をもってその答えを探すのかはともかく、現在あなたが「困っているがゆえに、できないこと」をしようとして苦しむのをやめ、いま「困っていながらも、少し工夫してできること」を、はじめながら「目標」へと向かう。
そうすれば、あなたの考えは、いずれにせよ「目標」に向かうものとなり、その、「不可能である」という考えを切り離し、さらには、あなたの本当の「望み」を知ることになる。

あなたの、本当の「望み」とは何か?
それが、何かを理解したいとするのなら、あなたが「困ってないとして、何をしたいのか」と考えなさい。

あなたは、「困ったこと」を放っておいて、そんなことをはじめていられぬと、とらえるかもしれない。

しかし、あなたは理解しはじめる。
その回答を得ようとして、「いま、できることをはじめる」のが、最も、「困ったこと」を解決するにあたる早道になるということを。

なぜなら、「困ったこと」が起こった理由とは、あなたのその「困ってないとしたら、すること」について、考えるべきことをさせようとする、はからいであると言えるため。
つまり、「困ったこと」と、あなたが「何を求めるのか」という2つのことが、あなたが思っているよりも、親密な関係をもっているのである。


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■「いまできること」を考える


「あなたが困ってないとするのなら、何をしますか」と問えば、「いまできること」ではなく、「いまできないこと」を挙げるだろう。
だが、実のところ、それを終えたとき、あなたは何をするのだろう。

あなたが「困っている」のは、そこを理解しようとせず、「困らないようになったらできる、あたりまえのこと」への執着をもって、話を進めようとしているため。
それを考えてみるのなら、あなたは、「困ってなければできるのに」と思うところとは、別のことを考える。

あなたがもし、困ってなければ、何をするのか。
困らずできることを済ませたら、何をするだろう。
そこの答えを出してみて、「いま、できることはないのか」と考えるのなら、必ず「いまできること」というものは、存在する。

「こんなことをして、解決するものか?」と思うようなことをすることがあるのは、「困ったこと」が起こるためである。
あなたが理解できずにいたことを、その考えのまま困難としているよりも、遥かな視点を感じさせてくれるものになることを、「困った時にしたこと」により理解する、と考えはじめてみるのを、薦めたい。

あなたがそれを信じられないとして、「困ったこと」との奮闘をはじめても、恐らくはもう一度同じ場所へと戻り、格闘することの無駄を、理解することとなる。
すなわち、あなたがすべきことは、最初からそこにあるので、どんなことが起こるのであるのかを、心配するも虚しいような意味をもっている。
あなたが、「何を求めるのであるのか」を知る「愛」の存在は、もとよりそれを承知の上、あなたへの道しるべを指しているに等しい。

まず、あなたの中に、「困ったこと」があるとしよう。
そして、あなたはそれを非常に厳しく判断していて、手がつけられない。
しかし、その判断をやめる方法をみつけられない。つまり、それを「愛」とは見れない。
「では、どうするのであるのか」と考えるとき、あなたが「望むことを、明らかにしよう」とする。
このとき、「望む」ことと、「困ったことをなくす」というのは別となる、という判断を必要にしている。

「望み」を考えるきっかけとなるのは、確かにその「困ったこと」が教えようとしてくれたことで理解できるものであるのだが、「そこに何を望むのか」ということについて考えるとき、あなたはその、「困ったこと」を、除いた考えを必要としている。
そこにこそ、「困ったこと」が現れた意味も、存在していく。

なぜなら、困っているからこそ、「困らなければ、どうするのか」ということを、考えようとする機会を得る。困らなければ、そんなことは、思いつくまい。


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■この愛を見つめながら歩く


「いま、できることを探す」ということは、「困ったこと」への執着を放すということへつながり、またさらに、その「困ったこと」とは、違うメリットを得るということで、あなたの考えを少し離れた場所に置く、とすることができる。

なぜ、「困ったこと」を、「すぐ解決できない」ということに、こだわるか?
つまり、あなたが、「できない」と考えている。あなたが、「難しい」と考えている。
あなたにしか、それを解決してあげることができない。しかし、いますぐにはできない。

ならば、解決するのを「目標」として生き始めれば、何を迷い、嘆くこともなく、進もうとする体制ができあがる。
いま解決しないことが、未来にも解決しないと考え、すべての考えを「不可能」から始めようとする自分を、ここですべて「可能」に変えて、変化を求めようとしている。

いままで、「困ったこと」を、どうとらえてきたろう。
そこにある事実をもって、「困ったことは、なくならぬ」というのを最も信じているのが、あなたであった。

しかし、それを「目標」としたあなたが思うこととは、「困ったこと」を、いますぐではなく、
「私のできる限りのことを進めつつ、良くなるよう努力していく」というものに、変化させようとしている。
「この愛を見つめながら歩く」という行為を、始めることになる。

まずは、「愛を見る」のを基盤として頭においておき、「困ったこと」への理解を、難しいものと知る。難しいのであるなら、そうできることを「目標」とするということ。
つまりは、「いま・ここで・すぐに」ではなく、それを「目標」とする、という考えをもつという話。

難しいとすることを、「なぜすぐ解決できようか」と考え、しかし、「できない」と考えず、あなたが「必ず解決したいこと」として、「目標」とするのであれば、そこに向かう、という考えをもつのが良いと言っている。

「目標」を、「困ったことを解決する」とすれば、あなたの「目標」は、それになるのである。
もちろん、「困ったこと」は、いつの日にも、解決される可能性をもってそこにあるものとする、事実を掲げる。
「目標」にすることが、その「困ったことを解決する」として掲げておくのなら、まずは、「それを解決するため何かをしよう」とするのではなく、「目標」を叶えるまでに時間を要すると考え、それまでの間、あなたが「困ってないとするのなら、いましようとすること」を、先におこなっていく。
また、それをおこないつつ、「困ったこと」をどう良くしていくのであるのかと、考える時間をとる。

あなたが懇願してやまぬ「目標」を叶えるため、いまおこなうことの「目的」とは、あなたが「最終目標へと繋げるため」と考えはじめれば、どんなことにも取り組む価値はある。


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■「あなたにしかできないこと」を考える


「困ったこと」を解決するのを、「いま・ここで・すぐに」とせず、「目標」に掲げる。
そこについての説明をするにあたっては、もう少し深く考えて欲しい。

人生を、「困ったことを解決すること」への道として、考えるのではない。
「困らない状況」を、「目標」に掲げる。
「目標」を設定するのをおこなうとき、そこを「目標」とするのなら、何を理解すべきなのか、それを考えていけるようなものとして欲しい。

あなたが理解すべきことは、あなたのことを理解することではない?
「あなたらしくある」ということ。
あることをするのに、あなたの個性を活かすということを考える。
そういうものをおこなわず、あなたである意味のないことを考えるのなら、つまらないはず。

あなたにとって、「困ったこと」の真髄をあらわすものとは、「困らないこと」を、考えることにある。
そのことについて、こう言える。
「あなたしかできないこと」を、考えることこそ、あなたの「困ったこと」に出会う理由になる。

あなたが「望んでいること」とは、そういうあなた自身について、最も理解することを可能とすること。
だから、一般的に良いように言われることも、あなたの常識的判断も、必要ない。
ただ、「あなたじゃないのなら、しない」と考えることをする。

「何を望むのか」ということを考える時、あなた方は、「何をするのを選ぶのか」と考える。
しかし、あなた方のすることというのをイメージするときには、「何をするのか」は重要でないと知る必要をもっていて、最も大切なこととは、あなたの求める気持ちに沿うことをできるかどうか、ということ。

つまり、たとえ何をしても、そこへ気持ちをもっていくのなら、困らない。

「目標」を、「困っていることを解決する」というふうに考えるのなら、あなたが知るべきは、「困らない感情とは、どんな感情なのか」ということ。
つまり、あなたの「困らない感情」とは、あなたの「よろこびの感情」ではない?
あなたにしかわからない、「よろこびの感情」をみつけるというのが、あなたの「望み」ではない?

何を始めるのか、ということを迷う前に、あなたの気持ちを、どこにもっていきたいか、を考えよう。どこにもっていくのなら、いますぐあなたの満足を得られる?

「目標」を設定する理由とは、あなたにとって、「困ったこと」を解決するにあたる、物事の考え方を変化させようとする力を働かせるための、「目的」となる「気持ち」を設定して欲しいため。


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■「目的」とする「気持ち」を得る


あなたの「目的」とは、あなたの考えを見直せる要素の入る感情的なものであって欲しい。
「この気持ちを、こう変えよう」とするものを見つけ、「そうするためには何をしよう」と考え、行う。
つまり、「こういう気持ちになる」とするところを「目的」として欲しい。

「目的」とは、「何を感じるのを目指すか」ということ。「望み」とは、その「目的」を、果たすこと。

まず、あなたには、必ずこうありたいという「気持ち」を確認できる。
例えば、いいことをしたい。役に立つことをしたい。「これをしよう」ということを、探したい。「どうしてこうあるのか」を、突き止めたい。「それとも、こうであるか」と、確認したい。何かを、理解したい。

そういう「気持ち」の中に、「こう感じるのを好む」ということをもっている。
つまり、「何を感じることを好むのか」ということを、考えてみて欲しい。
それを理解できるのなら、そこに何を感じることを「目的」として行うのかという考えをもてば、何をも「目的」に沿う考えをそれず、進めよう。

それを、理解できないのであるのなら、あなたの感じる中、最も好む感情を何か、と考えてみて欲しい。
うれしい。気持ちいい。笑える。激しいことへの挑戦。理解する気持ち。
他にどんな事を考えて、するのを好む?

こういうことを考えるにあたって、あなたの「すべきこと」を、考えるのでない。
どうしていくことによって、あなたがその「気持ち」を感じれるのか、と考えなさい。

自分にとって、何を感じることを大切としていくのかということ。
つまり、「あなたらしい」ということとは、あなたの感じることを、喜びへと変化させること。
「感じることを喜びとする」とは何かといえば、あなたの個性をもって、あなたの感じることを、喜びへ変化させようとする「気持ち」を発するということ。
「気持ち」の中、「こうあれば、あなたの喜びへ繋げられる」とすることを、考えようとすること。

そこを考えるのなら、あなたにとって、うれしいことへの変化、そのものを理解する。
例えば、あなたらしいものの考えをもって、「普通のこと」を、喜びへともっていく。
そんな理解の仕方を学ぶのなら、もっと楽しいことへの変換を求めるはず。

「何をしようか」と迷う前に、「こんな感情を感じることを望む」とするのなら、あなたが思いつくまま行うことの中、すべてのことを、同じ感情をもって行うことを選ぶ。
「何をするのであるのか」を、決めつけるのは、薦めない。
ある物事について、あなたの「目的」とする「気持ち」を果たせぬと感じるのなら、また次のことを考える。

そうして、あなたが「目的」とする「気持ち」を得るのなら、そこにいつも感じようとする「気持ち」を、忘れないサイクルへと移動する。


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◆ワークをおこなってみましょう

さて、「内なる声」よりのメッセージをまとめたテキストを読んで、
その内容を、よく理解することができたでしょうか?

あなたの考えをきちんと理解し、進んでいける体制にあるかどうか、ということを
確認するためのワークをおこなってみましょう。

下記のワーク・フォームに沿って、文章を書き込んでみてください。

1.あなたが現在、「困っていること」は、何ですか?

2.あなたが困っているのは、どうしてですか?

3.その「困ったこと」は、どうなれば解決する、と考えていますか?

4.あなたの「困ったこと」が解決したとして、何を始めますか?

5.あなたの感じる中、最も喜びとする「気持ち」とは、どんなものですか?






さて、いかがでしょう?

ワークをおこない、あなたの目的とする「気持ち」を確認し、理解をして進んでいけると感じられたなら、それでOK!
しかし、もしも「現在の考え」というものを、自分の中で整理できないと感じるならば、あなたは、「現在のあなたの考え」のどこかにある、間違いや矛盾に気づく必要があるのです。

あなたが作成した文章を見直し、「内なる声」との対話をはじめてみませんか?

「前に進むためのワーク・サポート」は、上記のワーク・フォームに対するあなたの文章に、
下記の「内なる声」への質問文を加え、お送りいただくところから、スタートする対話です。

6.あなたのわからないこと、そして、もっと理解したいことを、詳しく書いて説明してください。


通常の「人生を変える対話」と同じお申し込みフォームから、お申し込みいただけます。

まずはフォームからお申し込みいただき、自動返信メールにある説明文をご確認ください。


あなたのお申し込みを、お待ちしております!


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